
真夏の青空の下、江の川をせき止める浜原ダムの下流にある穏やかな流れの淵で、ゆっくりとパドルを水面に差し入れてこぐと、スーッとカヌーが動き出した。
千葉県から島根県美郷町に移住した窪添加奈子さん(34)は「初体験だったけど上手に教えてもらい、まっすぐ進めて、めちゃめちゃ楽しかった」と笑顔を見せた。美郷町亀村の「カヌーの里おおち」は、初心者でも指導を受けながら手軽にカヌーを体験できるスポットだ。
美郷町(旧邑智町と旧大和村が合併)とカヌーの出合いは、1982年に島根県で開かれた「くにびき国体」でカヌー競技が開催されたことに始まる。国体をきっかけに地元の邑智高(現島根中央高)と邑智中にカヌー部ができ、旧邑智町が91年にカヌーの里を整備した。
施設内にある「カヌー博物館」には、インドネシアやアリューシャン列島など島々が連なる地域のカヌーを展示。この博物館の開館に合わせ、インドネシアのカヌー「ジュクン」の製作をバリ島の住民が指導したのが縁で、美郷町とバリ島との交流が今も続いている。
町は古くから江の川と共に暮らしてきた。中国山地と日本海を結ぶ舟運の主要ルートとして、「たたら」で生産された鉄や生活物資などを載せた船が行き交った。浜原、粕渕、都賀などの沿岸地域は港町として栄えた。アユやコイなど川の幸も豊富で、人々は「川の民」として生きてきた。
カヌーの里でインストラクターを務める廣中大飛さん(21)は、中学校から本格的に競技に取り組み、「トレーニングを積むほど速くなる」というカヌーに魅せられた一人だ。初心者からプロまで、四季を通じて楽しめるカヌーの里でパドルをこげば、江の川の悠久の流れも同時に感じることができる。
写真1:絶景の江の川でカヌーを楽しむ人たち
写真2:江の川をかつて行き交った「カンコ船」。カヌー博物館に展示されている


- もりた・いっぺい
- 1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。