
「この田んぼは水はけがよく、順調に育っています」。首都圏から島根県川本町に9年前に移住し、エゴマ栽培に取り組む柴原伸行さん(52)は、安堵(あんど)の表情を浮かべた。地面を覆うほどに茂った葉の間からエゴマの実が顔を出す。この実を選別して絞ると、機能性食品として注目を集める「エゴマ油」になる。
柴原さんは、長らく電子部品メーカーで働いていたが、農業に憧れ、インターネットで情報を集めたり、移住相談会に出かけたりして、就農の機会を探っていた。そこで出合ったのがエゴマだった。川本町では、竹下禎彦さんらを中心に栽培に取り組み始めていた。
シソ科のエゴマは、がん抑制作用があるといわれるα―リノレン酸を多く含み、生活習慣病やアレルギー疾患の抑制作用も報告されている。日本では古くから全国各地で栽培され、福島県では「ジュウネン(柔荏)」とも呼ばれ、食べると「10年、長生きする」といわれるほどだ。機能性の高さに注目した柴原さんは「エゴマにすごく可能性を感じた」と振り返る。
しかし、有機堆肥を使った土作りから油を搾るまでにさまざまな手間がかかる。生産量は安定せず、台風で収穫が激減したことも。それでも「収穫したての実を搾った油はめちゃくちゃうまい。作業は大変だけど、今はエゴマに魅了されています」と柴原さん。
今月末には収穫期を迎える。実を丁寧に脱穀し、天日干しの後、搾油する。1キロの実から採れるのは、わずか300ミリリットルの〝黄金の油〟。「手抜きせず、品質のよいエゴマを作り続けたい」。憧れだった農業は、家計と町の特産を支える現実になった。決して楽ではないが、誠実に土と向き合い、エゴマの可能性を追い求める柴原さんの表情は充実感でいっぱいだった。
写真1:エゴマ畑で生育具合を確かめる柴原さん(川本町三原地区)
写真2:間もなく収穫期を迎えるエゴマの実
写真3:柴原さんが育て、搾油したエゴマ油。黄金色に輝いている
※このコラムは令和5年10月14日の中国新聞に掲載されたものです



- もりた・いっぺい
- 1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。