邑南町

日貫一日
一棟貸しの宿 山里照らす

四方を山に囲まれた山里、島根県邑南町日貫(ひぬい)地区に、小さな観光が芽吹いたのは5年前。地元の若手有志が1軒の宿を始めることにした。改修したのは、町並みを見下ろす高台に立つ、建築家で県庁などの設計を手がけた安田臣(かたし)の実家だ。静かな山里でゆっくり時間を過ごしてほしい、と「日貫一日(ひとひ) 安田邸」と名付けた。

日貫はかつて紙すきやたたら製鉄などで栄え、かやぶきの庄屋屋敷「旧山崎家住宅」など古き良き町並みが残った。そんな日貫で「集落そのものを楽しんでもらえる宿をつくりたかった」と話すのは、日貫一日を運営する一般社団法人弥禮(みらい)の徳田秀嗣さん(52)。

徳田さんたち有志は開業前、兵庫県の山間部の宿を視察した。古民家の風情を残しながら、現代的なデザインを取り入れた宿が集落に複数あり、別の建物にフロントを配置してあった。「観光素材があるわけではない日貫には、町並みや暮らしが残るロケーションを楽しんでもらうコンセプトがしっくりきた」

日貫一日は普通の古民家にも見える外観だが、玄関を入ると土間にキッチンを備えたダイニング、ふすまを開けば気持ちよく整えられた和室。ヒノキの広い浴槽など、デザイナーたちと議論しながら工夫を凝らした。

首都圏や外国からもこの宿を目指して訪れる人が相次ぎ、「こんなところにお客さんが来るのか」といぶかった住民の意識も変化。雇用の場をつくりたいという思いがかない、若い2人が宿を切り盛りする。スタッフの山本将士さん(39)は「宿でのんびり過ごしてもらった上で、日貫を歩いてほしい」と話す。

今年5月には別の一棟貸しの宿をオープンさせる。静かな山里の町並みに溶け込むようにひっそりと営まれる宿は、過疎に悩む地域に新しい価値をもたらし始めている。

写真1:集落を見渡せる高台に立ち、ヒノキやスギをふんだんに使った和室や土間のダイニングを備えた日貫一日の内部
写真2:日貫一日を切り盛りするスタッフ

≪メモ≫日貫一日は一棟貸しの宿。予約はホームページから。料金は1泊1人3万5千円(2人での宿泊は1人2万5千円)。夕食は石見ポークや地元産の野菜を煮込んだ鍋や、バーベキューなどから選べる。

※この記事は令和6年1月13日の中国新聞に掲載されたものです
もりた・いっぺい
1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。

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