美郷町

潮の桜
「トンネル」に土地の記憶

島根県美郷町の旧JR三江線潮駅の周辺には、樹齢50年ほどのソメイヨシノや八重桜など160本の桜が植えられている。3月下旬から4月上旬に満開となると、国道375号や歩道に「桜のトンネル」が出現し、道行く人々や三江線の思い出の地を訪問する人たちの姿が見られる。

潮に咲く桜は、潮地区の歴史を背負って成長してきた。1975年、待望のJR三江線潮駅の開業を待ち望んだ住民たちだったが、集落と江の川の間に駅舎や線路が建設され、住民にとって日常の風景だった江の川が見えにくくなってしまった。さらに同地区は、1953年に完成した浜原ダムの影響で、江の川沿いにあった田んぼが水没した。

三江線開通当時、30〜40代の若者でつくった三四(さんし)会(現・賛志会、13人)が、潮の新しい風景をつくろうと、国道沿いに桜を植えた。その後も、集落の至るところに桜が増え、全体で350本ほどになった。三江線の最終運行日となった2018年3月31日には、満開の桜の中で、住民たちは最後の列車を見送った。

地元の潮・曲利連合自治会の吉迫克彦会長(80)は「この桜があったおかげで、多くの人たちとつながりが持てた」と振り返る。一昨年には、160本の桜のうち21本の八重桜が病気になったために伐採して、新種の神代曙(じんだいあけぼの)を新たに植樹。昨年からは夜間に桜を照らすスポットライトも用意した。

潮地区は高齢化がさらに進み、2014年に54世帯から、今年は36戸まで減少。吉迫会長は「これから桜をどうやって守り続けるのか心配」と話すが、さくらまつりや夏に行うアユのつかみ取りなどのイベントを通じて、出身者やその子供たちに潮の歴史や桜を大切に育ててきた思いが伝わることを信じて。

写真1(佐々木創2023年3月撮影):旧三江線と国道375号に沿って満開の花を咲かせる潮のソメイヨシノ=島根県美郷町潮村
写真2(佐々木創2023年3月撮影):駅周辺や集落全体に咲き誇る桜=島根県美郷町潮村

《メモ》3月31日には「うしおさくらまつり」が開かれ、美郷町内の飲食店などの出店もある。また、国の有形登録文化財に指定された「中原家住宅」の見学会も行われる。見学会の申し込みは都賀行公民館(電話0855・82・2127)。

※この記事は令和6年3月23日の中国新聞に掲載されたものです
もりた・いっぺい
1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。

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