
邑南町布施地区の山林にある「銭宝山野草の楽園」は、25年ほど前から大切に手入れされてきた。4月から5月まで、およそ150種類の山野草が順番に芽吹き、花を咲かせるのを楽しみに、町内外から多くのファンが訪れる名所になっている。
この「楽園」を育ててきたのは、3年前に亡くなった服部導人さん。今はその思いを聞くことはできないが、地域の人は「優しい人で、とにかく山が好きだった」と話す。2㌶ほどの自分の山で、自生する山野草だけでなく、移植も行いながら丁寧に増やしていった。一時は山野草の「一坪オーナー」を募るなど、愛好家とともに育てた楽園だった。
服部さんが体調を崩した6年ほどまえから、山野草の楽園を地域で受け継いでほしいという願いを託されたのが、近くにある曹洞宗・長源寺の住職・森田仁政さん(83)だ。「地域の皆さんと話し合い、服部さんの個人的な取り組みだった「楽園」を地域の財産として受け継ごうということになった」。住民有志15人ほどで「銭宝山野草の会」が立ち上がった。
代表の森田さんを中心に少しずつ山野草の勉強をしながら、年2回の草刈りや、落ちたり倒れたりする枝を取り除いて、少しでも山野草の育ちやすい環境を保つよう心がける。山林の入り口にある休憩所をかねた建物も老朽化していたが、地域で知恵を絞って、補助金を活用しながら整備した。昨年は750人ほどの山野草ファンや写真撮影を楽しむ人たちが訪れた。
昔はたたら製鉄の原料の砂鉄を採取する「鉄穴(かんな)流し」が行われたとみられるスギ林や雑木林の遊歩道に沿って、4月始めから雪割草が花を開くと、続いて、中頃にはカタクリ、ハルトラノオ、ミズバショウ、シラネアオイなどが咲き始める。4月下旬から5月始めには、珍しいクマガイソウが袋状の白い花を咲かせ、150種ほどが静かな山林に花を咲かせる。「世話は大変だが、訪れた人たちが喜んでもらえると、頑張ろうと思います」。服部さんの山を思う遺志を受け継いだ住民の手で守られた山野草は、ことしもファンの来場を待っている。
写真はいずれも佐々木創撮影
写真1:ミズバショウなどが少しずつ花を咲かせ始めた「山野草の楽園」=邑南町布施
写真2:紫の花を咲かせるシラネアオイ(いずれも4月10日撮影)
写真3:紫色の細い花びらが特徴のカタクリ


※この記事は令和6年4月13日の中国新聞に掲載されたものです

- もりた・いっぺい
- 1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。