
11月初旬の島根県邑南町下口羽で、朝霧が立ちこめる中、田んぼを転用した池で春に生まれたコイの稚魚を養殖池に移す作業が始まった。網ですくって、体長や重さを測る。5㌢ほどに育った稚魚は3年かけて成長する。コイの養殖は、手間と時間がかかる仕事だ。
2017年秋、養殖業を営んでいた地元住民が高齢を理由に廃業。引き受け手が見つからない中で、池と数千匹のコイを受け継いだのが河野光也さん(60)だ。「この地域の大切な食文化が途絶えてしまう」という危機感からだった。
釣りが趣味で魚は大好き。ただ、釣りとは違って、毎日の餌やりや産卵の世話など忙しい。えさの作り方も経験者から教えてもらい、ネットで情報を探して工夫し、2年前からユズをえさに混ぜると、「すごく食べやすくなって好評」という。
養殖が盛んな九州は水温が高いこともあり、産卵から2年で食べ頃の40㌢を超えるが、水温が低い邑南町では4年かかる。えさも増え、コストもかさむ。受け継いでから二度、コイヘルペスで出荷直前のコイを処分した。順調とは言えない道のりだが、いつも前向きな河野さんは「10年で1㌧出荷する計画だったが、今はせいぜい200㌔」と笑う。隣の空き家を改修して「コイサイド」という一棟貸しの宿も開設。昨年は、シェアキッチン「RIRI」も開いた。ネーミングも「鯉」にこだわる。
予約すればコイ料理がフルコースで楽しめる。身は刺身や唐揚げ、アラをみそで煮込んだ「こいこく」、うろこは素揚げするなど、すべて食べ尽くすのが地元流だ。河野さんは「川魚は泥臭いというイメージがあるが、食べてもらえばおいしさが分かってもらえる。次の世代に引き継ぐためにも続けていきたい」と話している。
写真は佐々木創撮影
写真1:脂が乗ってコクのある鯉の刺身を楽しむお客さん=島根県邑南町下口羽、コイサイド
写真2:コイの稚魚の大きさを確認する河野さん=島根県邑南町下口羽の養殖場


- もりた・いっぺい
- 1968年、島根県邑南町生まれ。地方紙記者を経て、JR三江線の廃止を機に帰郷。町役場で働きながら、NPO法人江の川鉄道の設立に加わり、廃線跡にトロッコを走らせる。年間誌を発行する「みんなでつくる中国山地百年会議」事務局長。江の川流域広域観光連携推進協議会のメンバーとして広報を担当する。邑南町在住。